LAMY specs vol.2

Leap into the unknown 

First issues are always awaited with great suspense. But even more important is the question: What comes afterwards?

創刊号はいつでも、大きな期待をもって待ち望まれるものです。でもそれより大切なのは、「このあとには何がくる?」という問いです。

『LAMY specs』の創刊号が3月に発表されたとき、私たちは大きな喜びを感じるとともに、いろいろなことを知りたいとも思いました。私たちの新しいブランドジャーナルは、どんなふうに受け入れてもらえるだろうか?AR (拡張現実)のコンセプトはどうだろうか?読者の皆様に満足していただくことはできるだろうか?

今回、第2号を皆様にお届けするにあたり、「私たちは勇気をもってジャンプし、うまく着地した」と申し上げられると思います。『LAMY specs』創刊号への好意的な反応が世界中から届き、それは期待以上のものでした。今号もまた、皆様の印象に残り、新しい、ワクワクするような、はっとするようなラミーの世界への洞察をお受け取りいただくことを、心から願っています。

 今号では、皆様に注目していただけるよう、特別な主役を抜擢しました。ラミー サファリです。ラミー サファリは最も人気の高いモデルであるだけでなく、このカテゴリーでは世界で一番売れている万年筆です。その秘密はどこにあるのでしょうか?おそらく、とてもノーマル(ふつう)なところです。深澤直人氏なら「スーパーノーマル」とおっしゃるでしょう。深澤氏の見識では、それがまさに優れたデザインをもつ製品の特徴です。同氏はインタビューで、多くの場合、静けさのほうが騒がしい音より印象深い理由を語っています―そしてその仕事ぶりは、シェフの仕事に通じるところがあります。

 今号には、レビューとプレビューもあります。世界巡回展の2つ目の会場である東京での「thinking tools展」を振り返るとともに、ニューヨークのソーホー地区への進出が、最近では当初の倍の価値をもつようになった理由を明らかにします。

 『LAMY specs』への皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。以下のアドレス宛にお送りください:

specs@lamy.de #notjustapen

 

LAMY safari: The Design Chameleon

 15グラム、14センチ。この華奢な姿に惑わされてはなりません。ラミー サファリは決して軽い存在ではありません。実は、このカテゴリーの筆記具の世界的ベストセラーです。ラミー サファリの魅力の裏側には、何が潜んでいるのでしょうか?

 地球上で、ラミー サファリが見つからない場所はほとんどありません。大学の大教室、建築家のアトリエ、法律事務所、オフィス。ムンバイ、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、北京、モスクワ。文字を書くことからデザインや描画まで、ほぼどんな場面でも使えるオールラウンダーです。サファリがこれほど愛されているのはなぜでしょうか?

その飾らない外見が大きな役割を果たしていると、アートディレクターのマイク・メレー氏は考えています。「ラミー サファリは、まさにカメレオンです。自在に変化し、機能面でもデザイン面でもさまざまな環境に適応します。」双子のような存在の、アルミ製ボディのアルスター、透明ボディのスケルトンでも同じことが言えます。

こうした多用途性は、「デザインは機能性から引き出されるものでなければならず、余分なディテールは捨てる」という、ラミーが哲学として採用してきた一貫した単純化の原則に基づくものです。「私たちは、どんなものが感じよく見えるか?と問うだけでなく、何が製品をより向上させるか?を第一に考えます」と、ラミーで製品の管理と開発を担当しているマルコ・アッヘンバッハは説明します。

 

Perfect for frequent writers: the LAMY safari with its ergonomic recessed grip 

そのため、ラミー サファリという紛れもない存在を構成するあらゆるものが、機能性においても重要な役割を果たします。頑丈なクリップで、ノートやシャツのポケットにラミー サファリをしっかり固定でき、グリップ部にははっきりとしたくぼみが設けられています。「これらのくぼみがあるので、指がつることがありません。たくさん書く人にラミー サファリが理想的な理由は、ここにあります」と、アッヘンバッハは話します。

 インクの残量を確認できるインク窓に加え、ボディの形状もサファリの特徴です。ボディは完全な円筒形ではなく、両側が平たくなっており、机の上に置いても転がってしまうことがありません。ペン先は簡単に交換でき、さまざまな太さが揃っています。この点も、この万年筆がとりわけアジアで人気を博している理由です。細いペン先は、細かい文字に適しているからです。

 

The clip is the hallmark of the LAMY safari.

 ラミー ジョイは、カリグラフィ向けに特別に開発された万年筆です。ラミー サファリと同じグリップが装着されていますが、長く、先端に向けて細まっていくシャフトが採用され、3種類のカリグラフィ用ペン先が用意されています。ペン先は簡単に交換することができます。

 材質はどうでしょうか?ラミー サファリには、耐久性に優れ、衝撃にも強いことで知られるABS樹脂が、ラミー アルスターには、高い耐久性を誇り、特に太陽光に強いアルミニウムが採用されています。

 この屈強さにより、ラニー サファリはどこにでも持っていくことができます――たとえばイラストレーターのアリシア・アラディラ氏の場合は、世界旅行の必需品です。アラディラ氏は2017年から世界中を旅してまわり、訪れた場所をインクと水彩絵具で記録しています。バンコクのワット・ポー(涅槃寺)、インドのジャルマハル(水の宮殿)、フィリピンの真っ青な海。どこを描くときも、いつも手にあるのは黄色のラミー サファリで、これを使って力強いスケッチを生み出します。アルディラ氏は色彩豊かな世界の旅をインスタグラム(a.aradilla)で公開しているので、みなさんも旅に加わることができます。

 色と言えば、幅広くさまざまなボディカラーを選ぶことができるのも、ラミー サファリの人気の理由です。レッド、ブルー、グリーンからピンクまで、さまざまなボディカラーが揃っています。長年にわたって最も人気があるのはブラック(チャコール)で、それにホワイトとシャイニーブラックが続きます。また、ラミー アルスターのメタリックカラーや、毎年多くのコレクターが心待ちにしている限定カラーもあります。アッヘンバッハは、「私たちはここで、色だけでなく仕上げと材質とのコンビネーションについてもいろいろ試験しています。次にはどんなスペシャルエディションが店先に並ぶのか、私たち全員が楽しみにしています」と話します。こうした数々の美しい色を前にすれば、ほんもののカメレオンも、うらやましさのあまり青ざめるでしょう。

 

Blue and more: In the realm of ink

 詩人のバイロン卿もご存じだったように、「一滴のインクが、百万の人々を考えさせることがあります」。そして、手書きの言葉よりはツイートが大衆を動かす今日においても、やはり一本のペンとインクは独特の魅惑を生み出します。

紙の上にそっと置かれる磨き抜かれた宝石は、キラリと光る一滴のインク。その深いブルーがすっと延び、ゆっくりと形を変えながら、はっきりした輪郭が崩れて柔らかな線を成していきます。一秒ごとに、少しずつ、一滴のインクは紙に吸い込まれ、やがて完全にひとつになります。

インクと紙の共生には、独特の詩的世界があります。万年筆を使う人は、まだ少し湿っているインクのつややかさが消えていき、最終的な色へと移りゆく、ごく短い特別な瞬間をよく知っています。注意力を研ぎ澄まさなければ見えない、とても小さな、ささやかな瞬間です。

 

Writing with a fountain pen and ink – a rediscovered ritual.

 効率とスピードが求められる時代だからこそ、この瞬間が物を言います。手で書くという行為はデジタル時代の掟から逃れる手段で、人々はますます「遅さ」を見直すようになっています。ここ数年流行してきたのは、文字を芸術的に描くレタリングだけではありません。日記を書くことや、創造的に手書きリストをデザインする「ジャーナリング」も、多くの人にとって再び、大切な日々の習慣になりつつあります。

このような状況は、万年筆とインクの需要の増加に反映されています。けれども、こうした流れのなかで求められているのは、古典的なニュアンスだけではありません。珍しい色のインクを使って、自分なりの手書きの個性を強調したいという希望も高まっています。「カラフルなインクは、数年前よりはるかに人気が出ています」と、マネージング・ディレクターのトマス・トラップは語ります。

 そのためにラミーでは、定番のインクカラーであるブルー、ブラック、グリーン、パープル、ターコイズ、レッドに加え、ラミー サファリおよびラミー アルスターのスペシャルエディションに合わせて毎年限定のスペシャルカラーインクも作っています。「今年の末には、10種類の新色によるインクコレクションも発売する予定です」トラップは今後の計画を明らかにしました。落ち着いたニュートラルカラーはもちろん欠かせませんが、特別なガラスの小瓶に入った鮮やかなカラーの存在感も強力です。

 新しいインクコレクションは、これまでの標準カラーと同様、ラミーが開発した特別な調合法に従って完全に社内生産されます。「私たちにとっては、独立していること、特に外部のサプライヤーに頼らないことが非常に重要です。この方法に従えば、 製品を確実に納入できるだけでなく、製品の品質も完全に管理することができます」と、トラップは話します。

インクの魅力は、新しいニューヨークのラミーストアで、特別な方法によって経験していただけます。 このストアでは、高さのある織物のパネルと大型スクリーンにインクの美しさが描き出されています。流れるように常に変化する形、虹色に輝く色、微粒子のダンスなどが展開し、力強さと軽快さを同時に見せてくれます。

 

Welcome to New York

トレンディな街、ファッションのメッカ、創造性のハブ:ニューヨークのソーホー地区の中心に、ラミーは新しいブランドストアをオープンしました。

古くからの石畳の道が残るなか、19世紀の産業の発展期に建てられた典型的な倉庫や工場に囲まれて、ギャラリーやアーティストのスタジオがジャズクラブ、バー、カフェとともに建ち並ぶ街、ソーホー。この地区を散策すれば、はじめて訪れた人でもデジャブの感覚に襲われることでしょう。でも驚くことはありません。マンハッタンの南西地区は伝説の街だからです。非常階段のついた特徴的な鋳鉄製建造物は、数多くの映画や写真の背景となり、人々の共通の記憶として定着してきました。ニューヨークのこの一角は、1960年代から、アンディ・ウォーホル、デヴィッド・ボウイ、ジャン=ミシェル・バスキアをはじめとする数多くのアーティストの拠点となっています。彼らは活気に満ちた街並と産業用ロフトの広々とした空間を備えたソーホー地区の真価を、よく理解していました。

2018年6月、まさにこの場所、ニューヨークの最も躍動的な地区のひとつに、新しいラミーストアがオープンしました。ソーホーは、ビッグ・アップル(ニューヨークの愛称)の創造性の中心であるばかりでなく、最も魅力的なショッピングエリアのひとつにも挙げられています。独特なブティック、高級ブランドのストア、魅力的なフリーマーケット、アンティークショップなどが入り混じったこの地区には、特別なセンスが感じられます。その一角、プリンスストリートとウェストヒューストンストリートの間で、新しいラミーストアはデザインを愛する人々が立ち寄る新たな場所として生まれ、ウェストブロードウェイ452の地にすっかり融け込むことができました。

 1910年代に建てられたビルは入り口が高く、ラミーの世界に独特の雰囲気とモダンな構造をもたらしています。まさしくソーホーらしいスタイルとシンプルな建築様式との組み合わせはまた、ラミーのデザインの特徴でもあります。お客様には、2つのフロアを行き来することで「Made in Germany」の高品質でバラエティーに富んだ筆記具を体験していただけますし、さらにラミーの歴史と価値観、そしてこれまでの受賞歴についても詳しく知っていただけます。

ニューヨークに誕生したストアは、世界中で成長を続けるラミーストアのネットワークをさらに広げる役割を果たしています。ラミーはすでに上海、東京、ソウル、クアラルンプールなどの主要都市に独立店舗を設けているほか、2016年には最初のフラッグシップストアを、ラミーのホームタウンであるハイデルベルクにオープンしました。

ニューヨークのストアは、そのロケーションにふさわしく、トークショーやワークショップなどのイベント会場としても利用される予定です。「クリエイティブなシーンの近くにあることで、私たちにはコラボレーションの新しい可能性が広がります」と、ラミーのマネージング・ディレクター、ビート・オブローは説明します。ラミーはすでに最初のコラボレーションを計画中で、ストアの正面横の壁面を有名アーティストにデザインしてもらい、他のどこよりソーホーで輝きを放つストリートアート文化に賛辞を送りたいと考えています。

 

More than we see

「物事の本質」の後ろにあるものを見るためには、完璧すぎるほど完璧なビジョンが必要となります。とりわけ、新しい視点で考えることができるようなスペースが必要です。21_21 DESIGN SIGHTはまさにそうした場所の1つで、そこでは最近「thinking tools展」が開かれました。

 東京の21_21 DESIGN SIGHTは、 日常生活の中でその創造性や影響力にほとんど気づかないようなすべてのものに対して、敏感な目を向けるように私たちに求めます。美術館の名が、そのブランドコンセプトを表しています。優れた視力を意味する「20/20 vision」という言葉から生まれた「21_21 Design Sight」という名称には、目に見えるものの先にまで視点を広げ、私たちのまわりにある物質世界の形と構造を、より深く理解してほしいという思いが込められています。

 

The first LAMY safaris: “thinking tools” showcases numerous originals from the Lamy archive.

The “coral” sculpture based on a design by Christoph Niemann

「thinking tools展」も、日常をはっきり知覚できるものにしたいという考えから生まれています。このラミーの巡回展は、たくさんのオリジナルのプロトタイプ、スケッチ、モデルを用いて、最初の下絵から連続生産に至るまでの筆記具のデザイン過程を明らかにしています。そして、数多くの人々が加わり、戦略的なマーケティング要素とともに創造性と機能性をも考慮しなければならない非常に複雑な過程について、情報を提供しています。

 また、国際的スターであるジャスパー・モリソン、フランコ・クリヴィオ、マリオ・ベリーニ各氏をはじめ、ラミーがデザインを依頼した数々のデザイナーの個人的な戦略と手法も浮き彫りにしています。50年以上前に生まれたクラシックモデル、ラミー 2000のデザイナー―であるゲルト・アルフレッド・ミュラー氏は手製の木型を用いていましたが、現在では最新鋭の3-Dプリンターが筆記具デザインの最も重要なサポートをすることが多くなっています。しかし何よりこの展覧会が伝えるのは、ラミーでは、製品開発もまた絶え間ない激しい戦いであることです。それは、秀でたデザインの要件と実現可能性との戦いであり、またフォルムと機能の完璧な統合を目指す戦いでもあります。

 

The exhibition shows artistic works that Christoph Niemann has created especially for Lamy.

いろいろな意味にとれるタイトルが示すように、「thinking tools展」は筆記具の製作過程を明らかにするだけのものではありません。筆記具の媒体としての役割、また私たちをつなぐ、アイデア、思考、感情の表現手段としての役割にも焦点を置いています。私たちが何かを書くときには、考えを順番に書き並べ、その大まかな流れにそって自分の創造力を膨らませていきます。自分のデザインをまず紙の上にスケッチする建築家もそれを意識していますし、作家も常にノートを持ち歩いて、頭に浮かんだアイデアをさっと書き留めます。

 

Reflections on the medium writing utensil: Illustrations and installations by Christoph Niemann

そして、間違いなく紙の上で筆記具を自由自在に操っているクリストフ・ニーマン氏も、それを意識しています。世界中で大人気のイラストレーター、ニーマン氏は、特にウィットに富んだスケッチやグラフィックスで知られ、「ニューヨーカー」、「ニューヨークタイムズ」「ワイアード」、「ZEITmagazin」などのメディアにその作品が登場しない日はないほどです。

ニーマン氏はこの展覧会のために、多数のイラストレーションと立体の室内インスタレーションを制作しました。この展覧会のタイトルである「thinking tools」を、オリジナルかつ斬新な方法で解釈した作品の数々です。

考える道具、そして「アイデアの運び屋」としての筆記具のアイデアが、ここに鮮明に表現されており、たとえばじょうごによってすべてを融合する万年筆のインスタレーションがあります。天井から出ている無数の糸がじょうごでひとつにまとまっています。それは、さまざまな考えが最後にはひとつのアイデアになるのに似ています。

 「美術館で筆記具。 驚く人もいるでしょうね」と、深澤直人氏は話します。深澤氏は2008年発売のラミー ノトのデザイナーです。また21_21 DESIGN SIGHTの共同設立者で、3人のディレクターのひとりでもあります。「私たちが美術館に行くときには、日常を超越した何かを発見できると思っています。けれども筆記具はとても身近で、馴染み深いものです。ほとんどの人は毎日、手に握っています。ところがそれほど身近なものであっても いえ、身近であるからこそ、このありふれたように思えるものを新しい視点で捉えることに価値があるのです」

 

A conversation with Naoto Fukawasa

 よいデザインはどのようにして生まれるのか?「thinking tools展」では、この単純とも思える問いを追究しています。デザイナーの深澤直人氏は自分だけの答えを見つけました そしてそれは、次の適切な問いへとつながります。

 Naoto Fukasawa is co-founder and co-director of the 21_21 Design Sight.

深澤さんは以前、すぐれたデザインは人と環境を結ぶ絆になるとおっしゃいました。それはどんな意味なのか、説明していただけますか?

 私たちはモノを、単なるモノとして評価することはできません。それらは暮らしの中にあるものだからです。私が環境と言うのは、そういう意味です。デザインは、モノだけに関わるのではなく、空間に置かれた時の存在全体に関わるべきです。

深澤さんは10年前、ラミーのためにラミー ノトを作られました。筆記具をデザインする仕事では、どんなことが刺激的で、どのようにアプローチしたのですか?

 ラミーは、バウハウスの精神とドイツのデザイン文化を継承し、代表している会社のひとつだと考えており、そのような会社といっしょに仕事をすることにとても興味がありました。ラミー サファリはラミーのアイコンともいえる製品のひとつで、私もずっと以前からよく知っていました。私の提案に、技術的要素の洗練といったものが必要なことはわかっていました。ある意味、それがラミーの本質だからです。ラミーには、その技術の研究と成果を大いに誇るべき理由があると思っています。しかしそれと同時に、クラシックなペンや伝統的なペンとはどこか違う、新しいアイデンティティを見つけるという考えに魅力を感じました。

それが私個人としての目標でした。

 ラミー ノトをデザインするときに、「ひとつのピースから」筆記具を作るアイデアをお持ちでした。これは、どんなインスピレーションだったのでしょうか?

 いったん、ラミー ノトに新しい象徴となるような三角形を考えつくと、そのフォルムを壊したくありませんでした。けれども機能的な理由から、その形にクリップを加えるのではなく、形に組み入れるほうが自然だと考えました。また、 三角形の一角にクリップの切り込みを入れることも自然なことでした。

 

Seamless transition between clip and body: the LAMY noto

 時とともに、人々の暮らしのなかでの重要性が変化していく品があります。今では、日常生活で筆記具を使う頻度は20年前よりも減っています。その結果、手で書くことが今までとは違いステータスとなり、日課というより贅沢な行為となっています。デザインは、そのような変化に適応する必要がありますか?

現在は、手書きがより価値のある経験とみなされるようになっている点は、私もそう思います。でも人々は、場合によって使い捨てのペンを使うこともあるし、場合によって自分だけのペンを使いたいとも考えます。ウェアラブルな腕時計型のパーソナルコンピューターが登場してもアナログの腕時計がなくならない状況と、ある意味似ています。どの状況でどのメディアを使うかは、実際にはあらゆることを総合して決まります。

これからどんなものをデザインしたいですか?

 自動車、ビルのエレベーターとエスカレーターなどを含めて、私がまだデザインしたことがないものは、あまりありません。私は、モノの形状はまもなく消え、人々の体と環境に組み込まれていくと考えています。そこで現在は、AI(人工知能)や環境の微妙な差異といったものと通じる方法を見つけることに、どんどん興味を引かれています。私が関心をもっているのは、モノと人との関係です。それ以外では、これまで室内のものを数多くデザインしてきましたが、自分の家をゼロから建てたことがないので、これには興味があります。

他人のためならどんなものでもデザインできるのですが、自分のものとなると、決断を下すのがとても難しくなるのです。ただどういうわけか、家よりも窓をデザインするほうが好きという不思議な感覚が私にはあるようです。

ほとんどの人には、「普通の」トースター、「普通の」水差し、「普通の」椅子がどんな外見をしているか、はっきりした認識があります。この、いったん身に着いた認識を捨て、トースターや水差しや椅子のような日常的なモノに新しい形状を与えるのは、どれぐらい難しいのでしょうか?すでに十分に機能しているものをもっとよくするにはどうすればいいですか?

椅子を見て「おいしそう」と言うと奇妙に聞こえるかもしれませんが、「心地よさそう」や「見栄えがする」よりも、この言葉のほうがデザインの魅力の神髄を表現していると思います。あるいは、好きなものを表現するときに「かわいい」という言葉を使うこともありますが、いずれにせよ、よいデザインというのは、この「好き」という気持ちを呼び起こすものだと思います。デザインがほぼ終わったら、その結果がおいしそうか、またはかわいいかを、自問してみることが大切です。これがよいデザインを生む、ひとつの方法かもしれません。

 現代のデザインは、より平坦になっているという印象があります。あらゆるものがよく磨き上げられて、完成度そのものが目的になっています。これでは何かが失われているというのが、深澤さんのご意見でしょうか?あるいは、ミニマリスティックで直線的でありながら魂を失わないデザインに、どのようにつなげられるでしょうか?

すべてが滑らかで磨き上げられるべきだとは、私には言えません。デザイナーは、素材の手触りを活かすために、感性を十分に発揮する必要があります。さもなければ、モノはとても表面的で重みのないものになってしまいます。

深澤さんのデザインへのアプローチは、まちがいなく日本文化から大きな影響を受けています。けれども、海外に出かけられることもとても多いですよね。それによってデザインに対する見方が変化することはありますか?

私は自分のデザインを生みだすことを、料理でだしやスープを取ることにたとえています。よいだしを取っておけば、それに加える味は、文化や地域性、ブランドの指向などによって変えることができます。日本文化は「うまみ」の美しさを強調して味付けはごく控えめですが、現在ではこの「うまみ」が誰からも愛されています。

 深澤さんは、無駄を削ぎ落とした「静かな」デザインでよく知られ、そのデザインはギミック(仕掛け)によって目を引こうとするものではなく、逆に匿名性を追究するものです。これまでに、大声で主張しようとしたことは一度もないのですか?

静かなデザインは、デザインが目立たないということではありません。にぎやかな空間で静かにしていれば、静かであることによってどれだけ目立てるかがわかります。けれども、私は注目を集めようとして静かにしているわけではありません。ただ、騒がしい環境や、注目を引こうとして騒がしくすることに、あまり興味がないだけです。ですから、注目を集めるために静かなデザインを作っているわけではないのです。もし、何か騒がしいものをデザインしてほしいと言われれば、それもできますが、そうするのは私の本来の性質ではありません。

 

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